校正が戻ってきました。…

この趣味を始めるまで、書籍がどうやって出来ているのか関心も無かったです。

映画「舟を編む」やドラマ「校閲ガール」でうっすら知って、大変な工程(アンド大人の事情)を経ていることを知りました。

そしてこの趣味を始めてから、せめて作品に「校正」はかけたいなあと感じるようになりました。

 

 

日本語ネイティブでウン十年も生きているのだから、正しい日本語で文章を書くのは簡単でしょう、と思い込んでいた一年前の私よ……。

 

もうwebで公開はしてしまっている作品ですが、ある程度分量が溜まったら、いつかやってもらおうと思っていました。

電子書籍発行は良いタイミングなので、在宅で請け負っていただける方に依頼しました。

 

それが戻ってきて、赤の多さに(このまま出さなくて良かったと)ほっとするやら落ち込むやらです。
特に「表記ゆれ」というやつが多くて……。

今はパソコン上でささっと検索&修正できるこれも、数十年前は人力でチェックと修正をやっていたのかと考えると、気が遠くなります。

パソコンがある時代に生まれて良かった。

 

公開分も追って修正しようと思っていますが、どうやらwebで公開するならやらなくてよいのに(三点リーダー重複とか)、電子書籍(紙書籍)だと厳密に守らねばならないルールもある模様。

露出先によってルールが変わるなんて複雑なんですね。

 

実は依頼前、「校正はして欲しいけど、読まれてしまうんでしょ~? 恥ずかしい」と少し悩んでいました。
もう公開はしているのですが、でもやっぱり「読み込んでもらう」に対して起こる気持ちはまったく違うわけでして……。

同じく趣味で書いておられる方には分かっていただけると思います、この気持ちw

 

でも、顧客という忖度はあるかも知れませんが、家族やリアルな知り合いに読んでもらうよりはずっと客観的な意見をもらえたと思います。いいですね、こう言うの。

 

良い人に当たったみたいで、校正の合間にコメントのようなものを適宜挟んでくれておりました。

これはうれしかったなあ。

 

校正資格自体はお持ちでないですが経験が長く、フリーでやられている方です。
だからこそできるサービスだとも思いますが……。

 

こういうのを見ると、いわゆる新人賞に応募したところで、その講評って役に立つのかな?と思ってしまいますね。

世界観が弱い、キャラが立ってないとかのひと言で突き放されて分かる人って、そんなのもらわなくてもデビュー出来る人なんじゃないでしょうか?
(デビュー=商業作家になる ことがこの時代、物語の作り手として良い環境を得ることに繋がるのかについて、私自身には異論があります。が、目指している人は多いと思うので)

自分が(単語一つでは)分からないレベルなので、そう思ってしまいます。

新人賞は応募者数が減っているなんて話も聞きますが、オプション料?を取るけどもう少し詳細な講評をします、とかをやれば、喜ぶ人も多いかも知れないのでは、なんて思った日でした。